亡くなった登山家・栗城史多さん、単独・無酸素登頂のはずが実は単独登山ではなかった?

エベレストで亡くなった登山家・栗城史多さんは単独登山ではなかった?現地紙は案内人と一緒に登っていたと報道・・・

亡くなった登山家・栗城史多さん、単独・無酸素登頂のはずが実は単独登山ではなかった?のイメージ

目次

  1. 1エベレストで亡くなった登山家の栗城史多さん
  2. 2単独無酸素登頂に挑戦
  3. 3ネットの反応

エベレストで亡くなった登山家の栗城史多さん

2018年5月21日、エベレストからの下山中に遺体で発見されたとブログで報告があった  登山家の栗城史多(くりき のぶかず)さん。

ブログは栗城事務所の小林幸子さんから

このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

との報告があり、何メートル地点で発見されたかなどの詳細はまだわかっていないとしています。

その直前には、

栗城は体調が悪く、7400m地点から下山することになりました。

とブログが更新されていて、登山できる体調でなくなっていたようです。

2009年から、エベレストへの登頂に挑戦を始めた栗城史多さん。
 

毎年のように登頂に挑み、4度目となる2012年の挑戦では、重度の凍傷で両手の指9本を切断をしていますが、その後も挑戦を続けました。

単独無酸素登頂に挑戦

マスコミ向けには

「日本人初となる世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦している」

との文言で挑戦を続ける栗城史多さんには「無謀」との声もありました。

特に今回の登山ルートは最難関とされる南西壁ルートを単独無酸素登頂に挑んでいることから「無謀な挑戦の結果起きた悲劇」との声が上がっています。

一方で、現地の新聞『ヒマラヤ・タイムス』は

「シェルパ(編注:ヒマラヤ登山の案内人)4人と登頂を目指していた」

と伝えており、登山会における「単独」の定義とされる「ベースキャンプの先は第三者のサポートを受けずに登り切る」ではなかったとの見方もあります。

ひとつ下のキャンプにシェルパが酸素ボンベを持って待機していて、体調が悪い時はそれを使っていたといい、「無酸素」の定義にも一部から疑問の声が上がっていたといいます。

登山家の竹内洋岳さんは、栗城史多さんが「単独・無酸素」を強調することに対してブログで次のように述べています。

「彼(栗城)自身の目標に向かう姿は素晴らしい」としながらも、「なぜ彼は『単独』『無酸素』という言葉をこうも安易に使ってしまうのだろうか?(中略)恐らく、この栗城さん自身は『単独』とか『無酸素』とかの意味をそこまで深くは考えていなかったのかもね。(中略)たぶん、彼の周りにいる大人がなにか『美味しい都合』で、いろいろ脚色したんじゃないかな? よくわからない一般の人々を、だまそうとしてるみたいな広告…」

「命知らずの挑戦」でなければならない事情があったのかもしれません・・・

大人の事情を感じますね・・・

ネットの反応

・これから今までの実態というか暴露されそうな気がしてきた
・登山の才能が無いと思ったら、下山の才能が無かった
・体調が悪くても続けたのはabemaTVでの生放送が決まってたから
・話題になるようなことしないとスポンサーが集まらないんだろう

今まで誰かがやった方法では注目を集められないので
より難しい登頂に挑戦していると言わざるを得なかったのでしょうか?

出典:J-CASTニュース, ITmedia ビジネスオンライン

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