オウム死刑囚7名 最後の言葉が明らかに…死刑執行直前に語られた真実に戦慄…

平成犯罪史上最も凶悪で恐ろしい無差別殺人事件として、多くの人の記憶に残っている地下鉄サリン事件。その首謀者であったオウム真理教の教祖・麻原彰晃と幹部6名がようやく死刑執行されました。彼らが執行直前に語った言葉とは何か?焦点を当てて見ました。

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目次

  1. 1オウム真理教とは
  2. 2松本智津夫(麻原彰晃)
  3. 3井上嘉浩
  4. 4中川智正
  5. 5遠藤誠一
  6. 6土谷正実
  7. 7新実智光
  8. 8早川紀代秀
  9. 9ネットの反応

オウム真理教とは

オウム真理教とは1989年に設立された日本のカルト宗教集団です。設立者は麻原彰晃。2000年2月に教団は廃止されました。

教祖である麻原彰晃(本名:松本智津夫)はヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在で空中浮揚もできる超能力者であり、その指示に従って修行をすれば誰でも超能力を身に付けることができるなどと言って若者を中心とする信者を多く獲得した。

マスメディアではオウム真理教出家者が理系の高学歴者ばかりで構成されていたかのようなイメージで報道されたが、多くの宗教団体にありがちなように、実際は社会で普通に生きてゆくことに疑問を感じたり社会に居場所をなくした人たちや、DV被害者、被虐待児、精神疾患、発達障害、パーソナリティ障害を持つものなども多く、こうした社会的弱者の構成員も多かった。

地下鉄サリン事件概要

狂信的な思想を持つ麻原彰晃のマインドコントロール下に置かれた一部教団幹部が、教団の活動の妨げとなる個人や団体の中心人物を、麻原の指示により殺害行為を実行してきました。

"ポアする(相手を殺す)ことで悪行を重ねた相手を極楽に送ってあげる"という誠に身勝手な屁理屈のもとに、遂に日本で初めて化学兵器を使った無差別殺人事件に及んだのが地下鉄サリン事件です。

オウムは地下鉄サリン事件に先立って、長野県松本市でサリン事件を起こしています。(死者8名)地下鉄サリン事件は捜査当局を惑わすために9か月後の1995年3月20日に起こしたと言われています。

強制捜査を遅らせるため1995年3月20日に地下鉄サリン事件を決行。13人の死者と数千人の負傷者が発生する大惨事となった。


ただし、唯一地下鉄サリン事件が決定されたリムジン謀議の内容を詳細に証言している井上嘉浩によると、2014年2月4日の平田信公判において「サリンをまいても、強制捜査は避けられないという結論で、議論が終わっていた。

しかし松本死刑囚は、『一か八かやってみろ』と命じた。自分の予言を実現させるためだったと思う。」、2015年2月20日の高橋克也の公判において「『宗教戦争が起こる』とする麻原の予言を成就させるために、事件を起こしたと思った」と証言しており、自身の「ハルマゲドン」の予言を成就させるためという説もある。

松本智津夫(麻原彰晃)

麻原の最後の言葉は「遺骨は4女へ」...「グフッ...」だったそうです。

「出房」(刑務官)

刑務官に付き添われ、行き着いた先は教誨室でした。

「お別れの日が来ました。教誨はどうしますか」(刑務官)
「・・・」(松本元死刑囚)
「じゃあやらないんだね。言い残したことはある?」(刑務官)

終始、ぼうぜんとしていたという松本元死刑囚。

「引き取りはどうする?」(刑務官)
「・・・」(松本元死刑囚)
「誰でもいいんだぞ」(刑務官)
「ちょっと待って」(松本元死刑囚)

しばらく考え込みます。

「誰でもいいんだよ。妻・次女・三女・四女がいるだろう」(刑務官)
少し間が空いたあと・・・
「四女」(松本元死刑囚)

小声でよく聞き取れなかった刑務官が「四女?」と聞き返すと、松本元死刑囚は四女の名前を口にしました。

「四女だな?」(刑務官)
「グフッ」(松本元死刑囚)

松本元死刑囚はそう言って、うなずいたといいます。暴れたり、抵抗したりするようなことはなかったということです。

麻原の場合、まだ麻原の影響下にある隠れ信者が少なくありませんので、遺骨を誰が引き取るかという事は、信者たちにとって極めて重要な事のなのです。

麻原の遺骨引き取りを廻ってまだまだ内部では揉めそうですね。

井上嘉浩

井上嘉浩はもっとも麻原への忠誠心が強い男と見られていました。しかし、逮捕後麻原の命令で地下鉄サリン事件を起こしたことを証言し、麻原との決別を印象付けました。

「両親に何かないか?」(刑務官)

 「お父さん、お母さん。ありがとうございました。心配しないで」(井上嘉浩 元死刑囚)

 井上元死刑囚は高齢の両親の身を案じる一方で、こう話したといいます。

 「こんなことになるとは思っていなかった」(井上嘉浩 元死刑囚)

 井上元死刑囚は刑の執行に際して、暴れたり抵抗したりすることはなかったといいます。そして、最後の言葉は・・・

 「まずはよし」

中川智正

中川智正は京都府立医科大卒業の意思で、オウム入信後は麻原彰晃の主治医を務めていました。坂本弁護士事件では幼い子供の口を押さえて窒息死させたのです。松本サリン事件、地下鉄サリン事件にも積極的に関わりました。

獄中でVXガスに関する論文を執筆していた中川智正元死刑囚

執行のため独居房から出された中川元死刑囚は、刑務官に腕を取られようとすると、「体に触れなくてもよい。自分で歩いて行く」と断ったといいます。その後、控え室に用意された菓子や果物には手を付けず、お茶を2杯飲み、刑務官から最期の言葉を尋ねられると、こう話したといいます。

 「自分のことについては誰も恨まず、自分がしたことの結果だと考えている。被害者の方々に心よりおわび申し上げます」(中川智正 元死刑囚)

遠藤誠一

遠藤誠一は教団の中で生物兵器の開発を担当していました。

サリン生成も行い、VXガスにも関与。

裁判では松本智津夫元死刑囚への崇拝姿勢を崩さなかったそうです。

死後遠藤誠一の遺体は後継団体アレフへと引き取られました。

これは遠藤誠一自身が指定していたそうです。

土谷正実

  • 土谷正実元死刑囚はサリン製造の責任者でした。

    土谷正実自身もオウム真理教の幹部です。

    VXガス、ソマン、ニトログリセリン、イペリットガスなどの化学兵器の開発を行い、

    非常に高学歴だったと知られています。

    オウム真理教に陶酔してからは母親から「オウムを辞めなければ殺します」と言われ、

    最終的には裁判所で以下のように証言していたそうです。「自分を判断力のない赤ん坊か廃人扱いした両親を許さない」

新実智光

新見智光は麻原彰晃の一番弟子を自任していました。26人もの殺人に関与していた事実は麻原に次ぐ2番目です。アレフの女性信者と獄中結婚していたことでも知られています。

なぜサリンを撒いたのかと妻に聞かれると新実智光はこう答えたと言います。

先日、ふと気になって、旦那さんに、なんでサリン蒔いたのですか?と聞きました。

僕は地下鉄サリンの謀議には加わってないからわからないけれど、強制捜査を免れるためと、真理と縁をつけるためだろうね。

そんなことしたら教団潰れるのに、とわたしが言うと、

尊師は、今の状況を見てもわかるけど、あの時既に、もう体力的にも限界だったんだと思う。カルマを受けすぎてボロボロだったんだよ。

早川紀代秀

教団の「建設省大臣」を務めていた早川紀代秀は、教団内でも年長の部類に属し、麻原の信頼も厚かったそうです。しかし、裁判中に麻原への信仰心(洗脳)は解けました。

決め手は"予言能力を公言していた麻原彰晃が『自己ポア(自殺)』しなかったこと"だそうです。

早川紀代秀死刑囚の弁護人を務めた黒田純吉弁護士は刑が執行された6日、収容先の福岡拘置所(福岡市)を訪れ、報道陣の取材に応じた。

黒田弁護士によると、3月に面会した際は「私はいつ(死刑)執行されるのでしょうか」と覚悟した様子で語ったという。

死刑確定後も後悔と反省の思いを深めていた早川死刑囚は事件当時の心境を「麻原を人間以上の存在と信じ、命じられたことをためらうのは修行が足りないからだと思い込んでいた」と振り返ることもあったという。

執行された7名は各自の思いは別として、大人しく覚悟を決めて刑場に向かったそうです。

ネットの反応

・オウムの死刑囚がやってきたことを改めて振り返れば、死刑執行は当然のこと。遅すぎたくらいだ
・残りの6名も早く執行してほしい
・洗脳は解けたと言っていたのは死ぬのが怖くなったからか?
・平成のうちに決着をつけて欲しい

新興宗教に優秀な学歴を持った若者が多く入信した事実に、社会背景の違いだけでは説明できない謎はまだ残ります。今でも後継団体に入信している若者もいるようですし...

出典:matomake 毎日新聞 

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