長崎で被曝、化け物扱いされ石を投げつけられた過去・・・壮絶な人生を歩んできたゲイの先駆者・美輪明宏の言葉20選!

長崎で被曝し、ゲイ告白で化け物扱いされ石を投げつけられた過去を持つ美輪明宏。壮絶な人生を歩んできたからこそ心に響く言葉20選をお届けいたします!

長崎で被曝、化け物扱いされ石を投げつけられた過去・・・壮絶な人生を歩んできたゲイの先駆者・美輪明宏の言葉20選!のイメージ

目次

  1. 1美輪明宏の壮絶な人生
  2. 2美輪明宏の言葉
  3. 3ネットの反応

美輪明宏の壮絶な人生

長崎県長崎市生まれのシンガーソングライター、俳優の美輪明宏。

1935年生まれの美輪明宏は、10歳の時に爆心地から約4キロに位置する長崎市の自宅で被爆。金融業を営んでいた父の貸付先が相次いで破産・他界したため、貧乏生活を余儀なくされました。

15歳で上京し、国立音楽高等学校(現・国立音楽大学付属高等学校)に進学するも家業の倒産で中退。その後は進駐軍のキャンプを廻り、ジャズを歌ってギャラをもらって生活していたといいます。

1952年に銀座7丁目にあるシャンソン喫茶「銀巴里」と専属契約を結んで歌手デビューし、1957年にはシャンソン「メケ・メケ」の日本語カバーで人気を得るも、週刊誌でゲイであることを公表したことで人気は急落。

男でありながらバッチリと化粧をする姿に最初は注目が集まったものの、次第に「男らしくない」と言われるようになり、化け物扱いされて石を投げつけられたこともあったとか。

自らもゲイで講演や執筆活動、相談などを行っている伊藤悟さんは、美輪明宏をこう評します。

「まさに日本のゲイの世界のパイオニア。同性が好きだと公言した日本で最初の芸能人でした」

美輪明宏自身が幼馴染の友人の亡き母を回顧するために作詞・作曲した『ヨイトマケの唄』のレコードが1966年に販売されると人気が再燃。

歌詞の中に差別用語があるとして放送禁止歌として扱われましたが、デビュー60年の2012年に『第63回NHK紅白歌合戦』に初出場した際に6分にわたる歌をフルコーラスで披露して話題になりました。

美輪明宏の言葉

壮絶な人生を送ってきた美輪明宏が語る言葉は、多くの人から「心に響く」と愛されています。

美輪明宏の明言の中から、20選ピックアップしてお届けいたします!

1.

2.

3.

4.

5.

6.

7.

8.

9.

10.

11.

12.

13.

14.

15.

16.

17.

18.

19.

20.

確かに心に響きます!

ネットの反応

・ヨイトマケの唄は好きだな
・江原みたいなインチキと絡まなければ完璧だったのに
・この人の苦労はハンパないな・・・
・三島由紀夫や川端康成もファンだったんだよな

ここまで壮絶な人生を歩んでいたとは・・・
あなたの心に響いたのはどの言葉でしたか?

出典:イミシン, NAVER まとめ

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ