茶番だったの!?「放牧宣言」から1年10ヶ月で活動再開した「いきものがかり」に冷ややかな声も・・・

「放牧宣言」は茶番だったのか?1年10ヶ月で活動再開の「集牧宣言」をした「いきものがかり」に冷ややかな声が・・・

茶番だったの!?「放牧宣言」から1年10ヶ月で活動再開した「いきものがかり」に冷ややかな声も・・・のイメージ

目次

  1. 1「放牧宣言」で活動休止していた「いきものがかり」
  2. 2メジャーデビュー10周年を終え「放牧宣言」
  3. 3結成記念日に「集牧宣言」を出し、1年10カ月ぶりに活動再開
  4. 4ネットの反応

「放牧宣言」で活動休止していた「いきものがかり」

水野良樹、吉岡聖恵、山下穂尊の3人グループの「いきものがかり」。

はじまりは小学校からの同級生、水野良樹と山下穂尊が1999年2月にアマチュアバンドを結成したことから。

グループ名の由来は、二人の共通点が小学1年生の時に金魚の世話をする「生き物係」をしていたことでした。

1999年11月、二人の同級生の妹・吉岡聖恵が兄に呼び出されてストリートライブに飛び入り参加し、これをきっかけに今の3人のグループとなりました。

2003年8月にインディーズデビューし、2006年3月には『SAKURA』でメジャデビュー。『SAKURA』はNTT東日本のCMソングとして使われていたこともあり、人気に火がつきました。

その後は順調に人気を集めるアーティストとなり、2008年の紅白歌合戦に出場。5年連続出場となった2012年にはトリを務めています。

メジャーデビュー10周年を終え「放牧宣言」

メジャーデビュー10周年の節目を終えた2017年1月5日、「放牧宣言」を発表してグループとしての活動を休止しました。

突然の活動休止発表には不仲説も浮上しましたが、解散ではなく休養でありしばらく充電するものとみられていました。

3人は全く接触していないわけでもなく、SNSでは3人でいる様子が伺えました。

ソロ活動としては、水野良樹は他アーティストの楽曲製作を手掛け、山下穂尊はエッセイを出版、吉岡聖恵はカバーアルバムをリリースしていました。

結成記念日に「集牧宣言」を出し、1年10カ月ぶりに活動再開

そして2018年11月3日、吉岡聖恵が加入して現在のいきものがかりとなった記念日からグループ活動を再開するという「集牧宣言」を発表しました。

いきものがかりファンからは活動再開に喜びの声が溢れた一方で、冷ややかな声も聞かれました。

《ソロでパッとしなかったし、身の程をわきまえたんだな》
《ソロでやってもダメだったから再開したのか》
《てかソロデビューがカバーな時点で、楽曲制作はできないって言ってるようなもんだったよね》
《約2年でカバーアルバム(カラオケアルバム)1枚出しただけって、何してたの?》
《この人たちは何がしたかったんだろう》

吉岡聖恵がリリースしたカバーアルバムが「ただのカラオケ」と評判が良くなかったことも影響しているようです。

2年にも満たない期間での再集結は、話題作りのためだったと見る向きも・・・

「いきものがかり『放牧』前最後のシングルとなった『ラストシーン/ぼくらのゆめ』は、オリコン週間シングルランキング初登場20位という“大爆死”を遂げています。そのため、活動停止で一旦話題を作り、再開後の『復活バブル』を利用しようともくろんだのでしょう。バンド再開直前というタイミングで、吉岡がカバーアルバムをリリースしたこともおかしい。ソロ活動で“各々がパワーアップする”という体裁のため、『とりあえず形として出しました』という程度でしょう」(音楽誌ライター)

果たして復活バブルはあるのでしょうか?

楽曲次第かも!?

ネットの反応

・放牧の間にレコーディングやら作曲やらしてたわけだろ?
・クリエーターや芸術家はいちいち休止宣言とかいらんわな
・集牧ってなんだよ 放牧の反対は入厩だろ
・休止期間としては絢香のときとほぼ同じだなwww

解散宣言ではなかったのでこんなものかもしれません
休養期間で得たものがあればいいのではないでしょうか

出典:まいじつ, grape

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