【武勇伝】浪速のロッキーと呼ばれた赤井英和のヤンキー時代の武勇伝がヤバい!「亀田父をボコボコ…」

且て『浪速のロッキー』というキャッチフレーズで呼ばれたプロボクサーだった赤井英和。若いころの武勇伝が驚愕です。亀田父と関わりがあったとか。果たしてどんな暴れぶりだったのでしょうか?

【武勇伝】浪速のロッキーと呼ばれた赤井英和のヤンキー時代の武勇伝がヤバい!「亀田父をボコボコ…」のイメージ

目次

  1. 1赤井英和 プロフィール
  2. 2若いころの武勇伝とは
  3. 3通学電車内で座席にふんぞり返ったヤンキーを蹴りまわった?!
  4. 4ひげを伸ばして背伸びした高校時代のスタイル
  5. 5亀田兄弟の伯父(亀田史郎の兄)をボコボコに?!
  6. 6ボクシングとの出会い...そしてプロの道へ
  7. 7ネットの反応

赤井英和 プロフィール

赤井英和の若いころの武勇伝が凄いそうです。プロボクサーになる以前から大阪・浪速周辺ではその名が轟いていたとか...

赤井英和(あかい ひでかず)
通称   浪速のロッキー
階級   スーパーライト級
生年月日 1959年8月17日(58歳)
出身地  大阪府大阪市西成区
身長   178㎝
体重   82kg

プロボクシング戦績
総試合数 21
勝ち 19
KO勝ち 16
敗け 2

若いころの武勇伝とは

下の写真をご覧下さい。向かって右、これで高校生?!怖そうですね:;(∩´﹏`∩);:

4年近く前の2014年8月、赤井英和が週刊誌『女性セブン』の取材を受けて、自分の中学・高校時代を振り返りました。

通学電車内で座席にふんぞり返ったヤンキーを蹴りまわった?!

西成では知らぬものがいない不良だったそうです。と言ってもかなり硬派な腕っぷしに物を言わせるタイプの方です。

暴走族全盛だった1970年代後半に中学、高校時代を過ごした赤井英和(54才)は、大阪・西成では知らぬ者のいないほど有名なヤンキーだった。通学電車の座席でふんぞり返るヤンキーを見かけると「風紀が乱れとるなぁ」と足を蹴って回ったという、まことしやかな噂も。果たしてその伝説は本当なのか? 本人を直撃!

「はい、本当です…(苦笑)。うちの学校の沿線には荒っぽい学校が多くて、ヤンキーがいっぱいおりましてね。そこで電車の中や駅でしかけると、“赤井がまたやりおった”“○○駅でどつきあいしとった”と、バーッと話が広まるんですよ。それを聞いてよしよしよし! とニンマリですよ(笑い)。名前を売るために電車を利用したというのが真相ですわ」

ひげを伸ばして背伸びした高校時代のスタイル

見かけはものすごく怖そうだった高校時代の赤井英和。

当時の髪形はアイパーかパンチ。剃り込みを入れて、中ランにボンタンというハードなスタイルだった。

「高校生の子供ですけど、ひげも一生懸命伸ばして、お母ちゃんの眉墨で描き足したりして“よっしゃ、これでまた大人になったな”と悦に入ってましたわ(笑い)」

しかしクラスで恐れられていたかというと、そうではなく人気者だったようです。仲間には情に厚いところがクラス仲間から慕われていた理由でしょう。

そんな赤井をクラスメートは怖がっていたかと思えば、実はクラスでは大の人気者だった。卒業して、35年以上が経つ今も同級生とはよく会う仲だ。

「高校は別に不良高校とかじゃなかったから、大半はみんな普通の生徒ですよ。でも、誰もぼくを怖がったりはしませんでした。学校はみんなでつるんで仲良うやって、一生の財産ができた場所です。今でも当時の友達と“あの時はこうだった、ああだった”なんてよく話をしますよ」

 人気の秘密はヤンキーならではの情の厚さ。クラスメートが「天王寺のターミナルで○○高のやつらにやられた」と駆け込んでくれば、「よっしゃ行ったる」と出張り、かつあげの現場に遭遇すれば「何しよんねん!」とワルを殴り倒す。ヒーロー的存在だった。

亀田兄弟の伯父(亀田史郎の兄)をボコボコに?!

亀田3兄弟の父 亀田史郎氏

亀田史郎氏の兄とも一戦交えたようです。赤井英和が自伝で回想しました...

当時、近隣で有名な不良であった亀田三兄弟(現代の亀田三兄弟の父親である、亀田史郎を含む三兄弟)が「高校に進学したら赤井を倒す」と吹聴しているのを聞きつけ、「学校をサボって亀田長兄の通う中学に乗り込み、どつきに行った。
史郎君はまだ小学生だった」と回想している。

ボクシングとの出会い...そしてプロの道へ

高校2年の時、ボクシングの国体で格上選手に勝ったことが赤井英和の運命を変えたのでした。

ケンカに明け暮れたヤンキー生活にピリオドを打ったのは、高校2年生の時だった。

「ボクシングの国体で、無名のぼくが有名選手に勝ったんですね。雑誌に“無名の赤井が勝つ”という2、3行の記事を読んで、俄然やる気になりまして、翌日にはスポーツ刈りにして、朝4時にトレーニングをして学校に行って、放課後はジム通い。本腰を入れてボクシングに取り組みました。

プロボクサー時代の赤井英和

ハードパンチャーとしてKOを積み重ねていた頃

正に伝説ですね!もし怪我が無ければ、世界チャンピオンになっていたかもしれません。

ネットの反応

・前田日明との喧嘩エピソードが『喧嘩の花道』の元だったとか
・西成か...凄い所だな
・伝説とは尾ひれがつくモノ
・大阪は何故かヤンキー伝説の多いところだね

ヤンキー時代を恥じていないという赤井英和。"かけがえのない青春"と言い切れるのも、決して弱い者いじめなど卑怯な事をしなかったからでしょう。

出典:NEWSポストセブン  エルペディアつながり辞典

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